巣立ちの歌を歌えば淡い恋心を思い出す
中学校の卒業式に巣立ちの歌を歌った
学年合同で何度も練習した冬
体育館に響く歌声
もう20年以上も前のことなのに
今でもあの曲を歌うと
中学3年生の私の感情が動き出す
「いざさらば さらば先生」
この歌詞の時
ピアノの伴奏は感情の高鳴りを表すように盛り上がる
メロディーはとても切なくでも力強い
先生に語りかけるような決意に満ちたメロディーで
私は数学の先生のことが好きだった
その先生と会えなくなることが寂しくて
「いざ さらば さらば先生」と歌いながら
いつも その先生のことを想っていた
当時はまだ15歳
今思えば 先生に恋をしていたんだと思う
タイムマシーンに乗ってそう告げたとしても
きっと恥ずかしがるだけで認めないと思うけれど
中学生の私にとって
あの先生は今まで会ってきたどんな大人とも違う人だった
「地球にやさしく」というマークがいろんな商品に印刷されるようになった時代だった
先生はこの言葉が嫌いだと授業の終わりに話してくれた
自然破壊をしているのは人間なのに、自然に生かされているのは人間なのに、なぜ「地球にやさしく」と、やさしくしてあげる側なのか?と
そんな言葉を使う時点で自然を支配しようとしている傲慢さが出ていると思うと話してくれた
先生はこう思う、みんなはどう思う?と考えさせるのが先生だった
数学の授業ではいつもみんなを笑わせてくれて先生の持ちネタは今でも覚えている
先生のおかげで数学が好きになった
先生に話しかける勇気はなかった
分からない問題を質問する時だけは話しかけることができた
だから分からない問題を見つけるために数学の勉強をした先生が褒めてくれてとてもうれしかった
先生は数学以外のことも授業で教えてくれた
歴史の教科書に書いてあることが全てではないこと
自分で調べて事実を知っていくことの大切さも教えてくれた
先生のクラスの合唱を見るのが毎年楽しみだった
私たちのクラスはまじめに歌うだけなのに先生のクラスは違う
私と同じようになるべく目立たないように学校生活を送っているおとなしい女の子も
思春期真っ只中のクールに振る舞っている男子も
合唱発表会の舞台では身体を揺らして伸び伸びと歌う
やらされているのでなく楽しもうとする意志を感じた
声はのびやかでハーモニーが美しかった
合唱が始まる前に先生と生徒たちがアイコンタクトをして
うなずく光景が好きだった
中2の夏 友達とプリクラを撮った帰りに
ショッピングセンターで先生とばったり会ったことがある
私はドキドキしながら勇気を出して
先生の名前を呼んでみたら
先生はぎょっとした顔で振り返って
「あ~こんにちは」とだけ言ってさーっといなくなった
その後ろ姿は今でもリアルに思い出せる
色褪せたポロシャツと色褪せてくたびれた淡いジーパン
手荷物なし
そのちょっと丈の短いジーパンの後ろポケットには
ボロボロの膨らんだ文庫本が一冊つっこまれていた
カバーのない文庫本がポケットからはみ出していた
私は先生のその後ろ姿を見ながら
あの本はなんの本なんだろう?と思った
今でも永遠に解明されない私の謎のひとつだ
学校でみる先生とは別人のような表情だった
しゃべり方だって全然違う
声も小さかったし
視線も曖昧なままさーっといなくなってしまった先生
私はその出来事に少なからずショックは受けたけど
学校で私たちの前にいる数学の先生としての先生と
先生じゃない時間の一人の人間として過ごす先生とでは
全然違うことを知った
それは今まで知らなかった心の成り立ちのようなものを知る始めの一歩だったのかもしれない
今日は久しぶりに
ピアノ伴奏で巣立ちの歌を歌った
いざさらば さらば先生
あなたの教えは 今でも心の土壌になっています
知りたいことを調べることも続けています
あの日持っていたボロボロの文庫本は
なにを読んでいたのですか?
できたら私も読んでみたいのです